私が性同一性障害(性別違和)を自覚した日③

私が性同一性障害(性別違和)を自覚した日③
私が性同一性障害(性別違和)を自覚した日③

2026/4月末に家庭裁判所に性別変更の申立てを行いました。いろんな書類が必要なのですが、その中で「自分が初めて性別に違和感を覚えてから今までの経験」を記した書類も一緒に提出しました。良い機会だと思いましたので、ブログの方でも今までの人生を振り返ってみます。今回はその第二弾です。

第一弾 第二弾 ←前回を読んでいない方はこちらです

性転換手術の話を聞いた時

第二弾で登場した女装スナックの店主はシンガポールで性転換をしていた。だが術後の激しい痛みが1年以上続き、何度も自殺未遂をしたと聞いた。身体にメスを入れることのリスクを生で聞かされた。見た目も、声も普通におばさんにしか見えない。言わなきゃ普通に女性だ。

また、性別変更手術の際の麻酔で2人を死亡させてしまって遺族に訴訟されている医師の事も知った。有名なタレントの性転換手術をしたことでも有名だった人だ。性別変更手術で死ぬ事もあるんだと聞いて、怖くなった。手術前に一筆書かされるとは思うが、(自己責任で何が起きても医者は責任とりませんという趣旨のもの)それでも遺族に訴えられる場合があるようだ。

しかしホルモン治療を行い、性別適合手術まで受けるのに行動力は必要だ。悩んでいたら前に進めない。自分がやってきたことは女性に近づくこと(メイクの上達、服装、脱毛、ホルモン療法、改名)だ。できる限りのことはやってきた。

女子になる努力
女子になる努力の図

いろんな状況で踏み切りたくても踏み切れない人も多くいるだろうと思います。いずれにせよどれが性同一性障害の人の生き方として「これが正しい」と言うものはないので、本人次第ということですね。

私を止めようとする人たち

ある日女装スナックの仕事に向かう途中、自分の背後がやたらと気になる。何か気配を感じる。私は元々敏感な方だ。気配というものを鋭敏に感じ取る。例にだすと、女性の後ろを歩いている時に、後ろに人がいることを気がついていないはずなのに、その女性が後ろを急に振り返るといった状況にあったことはないだろうか。それなんですよ。

その日は長い時間、人の気配を感じ続けた。「なんか変だな」と思ったが、仕事は一生懸命やっていた。

後日実家で母親に「あなたのことは調べさせてもらったからね」と言われた。

やっぱりあの日は尾行、監視されていたんだと。探偵を雇ったのかと聞くと、探偵ではなく知り合いに頼んだという。私の友人などと両親が話し合って実行した可能性も感じる。

女装、性同一性障害=悪いこと・勘違い

だったんでしょうね。

あれから大分経ちましたがいまだに、私は変わることはないです。一貫性を保っていますよ。自分自身を検証する日々もたくさんありましたからね。単なる女装コスプレか女になりたいのか自問自答してきて答えを出しましたから。

考えを変える

他人に自分の正しさを押し付けてはダメなんですよ。いろんな考えの人があつまって社会が作られているわけですから。いろんな生き方がありますしね。そしてそれぞれがバラバラの考えでも問題が起こらない様に最低限の取り決めをしたのが法律(マナーなんかも含む)なんですね。

最初自分に反対する意見に最初は腹が立ったりしたが、反対する人は「反対意見をもつ自由」もあるだろうと考える様になってきました。当時のルームメイトは家族でたくさん話し合えと言ってきました。そして実際話し合いしましたが、話し合えば話し合うほど揉める。そこで自分自身は変わらないけど、「反対意見」も認めるというふうにしていると不思議と揉めなくなってトラブルは収束していきました。

自分の思う「正しさ」をぶつけるのをやめ、他人の考えも認め、「争い」という土俵から降りたので平和がやってきたのだと考えています。これは大きい学びであったと思います。

他人の意見を認めるということはどういうことかとまとめると

誤:自分の考えをやめ、その考えに従う。

正:そういう考え方もあるんだと、その『考え』という存在を認める 

否定をするわけでもないが、自分がそれに従うかは別。なんだ感覚じゃないかと思う人もいるかもしれないんですが、そうその感覚でいいんですよ。そうすると意見言ってきた人も、ちゃんと聞いてくれる人だと思って攻撃しにくくなってきますよ。

ある医師の禁断の提案

たまたま出会った医師が、うまいこと保険適用で性別適合手術する方法があると言ってきた。そんな方法あるのならと早速、その医師の経営する医院へ行きました。そこで大きい病院の紹介をもらった。

その大きい病院に行ったが、「現在はその様な事はできません」と断ってきた。まあ通常そうだろうと思った。大病院の医師は最近は「倫理委員会」というものが設置されていて病気という理由にして性転換手術を保険適用でするなんてことはできないと断ってきた。

「最近」という言葉が妙にひっかかる。昔はそういう事例があったのかもしれないと頭の中をよぎった。世の中明るみになっていないことがたくさんあるのかもしれない。法律もなく性転換が認められていない時代はそうだったのかもしれない。

戦後まもない頃の新宿の闇市を思い出した。闇市は違法だったがその時代には必要だったのだ。

現在は「ホルモン療法をしていない事」というよくわからない基準で保険適用で埼玉医科大学などで手術が行われている。しかしホルモン療法をしていない性同一性障害の人は少ないので実施数は本当に少ないそうだ。それよりも、約60〜200万円ほど払って(病院、内容による)タイで性別適合手術をする方が一般的だ。タイには世界中から手術希望者が殺到している。術例が多いということは経験値も技術も高く安心なのだろう。

つづく

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ABOUT US
梶原 ひかるこのブログを書いている人のプロフィール
プロフィール 【1989年】大学生の時スカウトされプロギタリストデビュー 結婚式場・幕張メッセなどイベント会場でのバンド演奏
【1997年】フジテレビ 女の人生相談(上沼恵美子氏司会)出演
【1998年】テレビ朝日夕方のニュース 特集:男性アナウンサー女装企画出演 雑誌FLASH EXCITING 新宿2丁目特集写真掲載
【2000年】雑誌ニューハーフクラブ、ShemaleClub、薔薇族など写真掲載
【1998年】漫画週刊誌に女装バーのメイク担当として登場
【2013年】演出家大山浩氏に師事 六本木の美容外科のモデル
【2013年】ミュージカルデビュー 日本タレント協会主催公演
【2014年】CPEキャットファイト所属キャットファイターデビュー リング名 びりりあん みりんだ
【2015年】世界プロレス協会所属練習生 師匠ミス・モンゴル氏は大仁田厚氏の弟子
【2016年】世界プロレス協会所属プロレスラー梶原ひかりとしてデビュー名古屋CBC 本能Z(東野幸治、今田耕司司会)写真出演 フジテレビ スポーツジャングル(浜田雅功司会)写真出演 歌謡祭恩芸出演(仲本工事・堀江純など出演)テレビ埼玉で放映
【2016年】 演劇集団LGBT東京公演「PAIN-AGE」出演
【2017年】演劇集団LGBT東京公演「蠍の火は燃えているか」
【2017年】 韓国TV プロレス修行する梶原ひかるのドキュメンタリー放映
【2018年】 演劇集団LGBT東京公演「毛皮人間〜吊られ者たちの童話〜」 THOGOフェス(新宿Loft・800人規模の音楽イベント)出演
【2019年】 世界プロレス協会引退 THOGOフェス出演
【2021年】 横浜銀蝿嵐氏のYouTubeや音楽イベントに出演
【2024年11月9日】 タレント養成所ミラクルボーン準所属
【2025年2月28日】 CPEキャットファイト引退試合 演劇集団LGBT東京へ楽曲提供
【2025年11月16日】ミラクルボーン公演 高円寺高架下倉庫
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