18歳レコードデビューその前に大変なことが!?

18歳でレコードデビュー
18歳でレコードデビュー
ガガルネ

高校生の時、レコード発売したことがあるんです。CDではないんです。その制作過程で大変なことがおこりました。

高校の学園祭でテーマソングを作る企画が発表された

オーディションで上位入選2位までをレコード化して発売という内容が発表された。中学生から作曲はしていた。高校1年のときに作った楽曲が仲間内でプチヒット!していたのでその楽曲をアレンジして録音することにした。

楽曲はアコギ弾き語り用だったのでエレキ、キーボード2台、ドラム、ベースのパートを作った。ギターソロの他、キーボード2重奏のソロも急遽つくったのだ。

当時の定番レコーディング機器

当時はカセットテープ4トラックの全盛期だった。TASCAMの4トラックのカセットMTR、PortaStudioとYAMAHA カセット MTR CMXⅡの2巨塔がしのぎを削っていた。

TASCAM(ティアック)PortaStudio

写真はiPadアプリ版

TASCAM(ティアック)PortaStudio

私もPortaStudioを所有していてかなり使い込んでいました。4トラックしかないがデモテープ製作には十分でそのオーディションも無事?!2位入選。B面決定。

本格的なレコーディングがしたい でもお金がない

今回のアレンジでパート数は激増、レコード化ということでいい音で取りたい。そこで激安のレコーディングのスタジオを見つけることとなった。

今のようにネットは普及していないのでググることもできない。そう。当時は電話帳がデータベースだ。当時のバンド仲間のベーシストと電話帳を片手に都内、神奈川の音楽スタジオに電話をかけまくった。格安でレコーディングできるスタジオを見つけるために。

電話を2人で100件ほどかけた結果

激安のスタジオを「荻窪」に発見した。当時の価格は忘れてしまった。高校生2人のなけなしのお金をはたいてようやく出せる金額のスタジオを見つけ出したのだ。

しかし、自宅から電話をかけまくっていたので自宅の電話料金が爆発!10万円超えてしまった。(今より電話料金高かったし携帯カカケホーダイプランなどない時代だし。

親が激怒! 当然だ。

スタジオを無事予約

当時の荻窪駅は木造、ボロボロな感じ。大都会をイメージしていたベーシストくんは駅前の風景に愕然とした。今の荻窪駅と大分違う。

低層ビルの中にあるスタジオに入ると、タバコのニオイとカビ臭い匂いが立ち込めていた。スタッフの男性が2人いた。「昔のスタジオは警察が大麻を取り締まるためにすべて盗聴されていたんだよ」などと語っていた。丁寧な感じは一切なくぶっきらぼうな感じだ。「もう少しお金があればもっと親切そうなスタジオに行けたのに……」心のなかでつぶやいた。

レコーディング開始

とにかく2人のスタッフはやたらと自慢話が多かった。当時高校生の私達はただ「そうですか」というしかない。レコーディング中はかなりディスられながらも進んでいった。

無事に終わり音源を持ち帰った。

今度はその音源をレコード化するために地元のスタジオ(町田:スガナミ楽器)に持ち込んだ。音源をチェックすると「雑音だらけでひどいな。一体どこのスタジオで録音したの!」とキレていた。

そんなにひどいのか。あの自慢話は何だったのだろうか?高校生だからなめられていたのか?

最初から地元のスタジオに行ければよかったがすでに遅し。いまだったらパソコンやiPadでぱっと録りなおしできるのに。当時は大掛かりだったのだ。簡単には行かない。

学園祭主任の先生の家にアポ無し突撃!

かなり大金をつかって(高校生としては)しまった私達は、学園祭の顧問の先生宅を調べお金を出してくれるよう懇願。

「考えておく」とのことだった。学校側はレコーディングというものに無知だった。そんなにお金がかかるものだとはおもっていなかったのだ。

そのあと学校教員のあいだで話し合いが行われていたようだ。

その話し合いの結果一律結構な額のレコーディング費用が学校から支給されこととなった。その決定は嬉しいが、最初からそれがあれば「荻窪のスタジオには行かずに済んだのに」と思った。

ただ職員室では私達2人に「恐喝された」とその顧問は騒いでいたそうだ。本気か冗談かわからないが。

学園祭当日

デビュ-シングル

完成ジャケット!

無事完成した。当時シングルレコードは45回転/60secだと思うが、私の楽曲が5分超えで収まらず33回転盤になった。とにかくできた。嬉しい限りであった。

当日は限定400枚限りの発売だ。高校生の出したレコード。当時としては珍しかったのだろうか。

即日、SoldOutでした。 感謝。母校ありがとう。

思い出とともに….

神奈川県立上鶴間高校

隅田川で歌っていたらプロレスラーになった

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ABOUT US
梶原 ひかるこのブログを書いている人
神奈川出身のトランスジェンダーアーティスト。生まれつき性同一性障害。悩み多き人生を送る。大好きなのは作曲。ほとんどの曲はインスピレーションに基づき作成されている。女子プロレス団体「世界プロレス協会」に3年間所属。師匠のミス・モンゴルさんはあの大仁田厚さんの弟子でもある。現在は音楽活動のほかキャットファイター「びりりあん みりんだ」としてもリングの上でバトルを繰り広げている。